最高裁判所第二小法廷 昭和50年(オ)587号 判決 1978年5月01日
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人三原道也の上告理由第一、二点について
原審が適法に確定したところによれば、被上告人らは樋口幸夫の依頼に応じて、それぞれ自己の預金とするため金員を出捐し、「樋口」と刻した印章を届出印として上告人銀行との間にいずれも樋口姓の架空人名義による本件記名式定期預金契約を締結したが、右預金の預入手続は樋口幸夫が高西逸夫とともに被上告人らのために行い、上告人銀行の発行した定期預金証書は被上告人らが、右届出印は樋口幸夫がそれぞれ所持していたものである。右事実関係のもとにおいては、本件各定期預金の預金者はその出捐者である被上告人らであると認めるのが相当であつて(最高裁昭和五二年(オ)第三四三号同五二年八月九日第二小法廷判決・民集三一巻四号七四二頁参照)、これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。
同第三点について
銀行が、定期預金につき真実の預金者と異なる者を預金者と認定してこの者に対して右預金と相殺する予定のもとに貸付をし、その後右の相殺をする場合については、民法四七八条の類推適用があるものと解すべきところ(最高裁昭和四一年(オ)第八一五号同四八年三月二七日第三小法廷判決・民集二七巻二号三七六頁参照)、この場合において貸付を受ける者が定期預金債務の準占有者であるというためには、原則として、その者が預金証書及び当該預金につき銀行に届け出た印章を所持することを要するものと解すべきである。もつとも、貸付を受ける者が届出印のみを所持し、預金証書を所持しないような場合であつても、特に銀行側にその者を預金者であると信じさせるような客観的事情があり、それが預金証書の所持と同程度の確実さをもつてその者に預金が帰属することを推測させるものであるときには、その者を預金債権の準占有者ということができる。
これを本件についてみるに、原審の適法に確定した事実関係によれば、上告人銀行三萩野支店は、樋口幸夫に対し本件各定期預金債権を担保として貸付をし、右貸付金の弁済のないときはこれと預金債権とを相殺することを予定していたものであるところ、(イ) 樋口幸夫は、前記定期預金の預入行為をした者で、右預金につき届け出られた印章を所持しており、(ロ) また、同人は前記定期預金の預金証書を紛失したと称して右支店係員に対しその再交付を求め、係員の要求に応じて、右預金証書の紛失の届出が同人からなされている旨の警察署の証明書を右支店に提出したうえ、預金証書の再交付を受け、その後直ちに前記貸付を受けたのであるが、そのほかには特に同人が真実の預金者であることを裏付けるような事情はないことが明らかである。
このような事実関係のもとでは、樋口幸夫は前記貸付に際して本件各定期預金債権の準占有者であつたものということはできないから、上告人銀行のした相殺を民法四七八条の類推適用によつて有効とすることはできないとした原審の判断は、結論において正当である。論旨は、採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 吉田 豊 裁判官 大塚喜一郎 裁判官 本林 讓 裁判官 栗本一夫)